The Story ofMichinoku Gold

story 4

玉山金山

金山採掘の栄枯盛衰

Scroll

玉山金山金山採掘の栄枯盛衰

戦国時代、鉱石から金を取り出す技術が確立されると、砂金採りに加えて金山の開発が始まりました。伊達政宗が金山奉行を置いて直接開発した岩手県陸前高田市の「玉山金山遺跡」は、花崗岩を基盤とする氷上山の西麓に位置し、膨大な量の“金”と仏像の玉眼にも使われた良質な水晶の産出によって、気仙4大金山の中核となりました。

来訪者を迎えるのは、気仙川沿いの金山入口に建つ高さ15mの塔です。戦争や震災の苦難を受けつつも常に地元の力で再建された塔には、金山に誇りを持つ人々の意志が込められています。道を進むと、金山の衰退に伴って里へと下った鉱夫の生活を支えるために開墾された段々の田畑が広がっています。この集落には、開墾の功績を讃える「松坂十兵衛定成開拓地の碑」、鉱夫が信仰した「竹駒神社」、“金山へまた戻りたい”との想いが枝振りに顕われたとされる「荘厳寺の帰り松」が残り、往時の生活が偲ばれます。山頂までの道々には「精錬所跡」や最盛期の坑道口「千人坑」が残り、頂上には金山の守り神として祀られた「玉山神社」が鎮座し、盛山の事跡を伝えています。採掘した石英の欠片「ズリ」が広がり、雪原のように静寂に包まれた山頂と、里に広がる金色の稲穂が揺れる風景の対比が、金山に生きた人々の栄枯盛衰を物語っています。

構成文化財

トラベローグ~みちのくGOLD浪漫を巡る旅行譚~

モデルコース

Home 玉山金山